大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和30年(行モ)5号 決定

申請人 浅野浅治郎

被申請人 銚子市議会

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

本件申請の要旨は次の通りである。

一、申請人は昭和二十六年四月二十三日施行の銚子市議会議員選挙に当選し同月二十四日其の旨銚子市選挙管理委員会により告示され同日から銚子議会議員の地位にあつた者である。

然るに昭和二十八年十月十四日の臨時市議会で申請人は突如除名処分に附せられたが其の理由は

(一)  申請人が提出せる弁明撤回通告並びに議会に対する抗議文を議場に於て全員一致の議決に依り申請人に朗読せしむべき事を議決し議長より再三朗読を命令せられたるにも拘らず何等正当なる理由なくして之が命令に従わず之を拒否した事

(二)  九月十二日市議会に於ける弁明に対して申請人が弁明撤回通告に関し発言の責任を他に転嫁せんとし然も暴略手段であり横暴なる市議会であると断定している事は自ら議員の品位をきづ付け議会の尊厳を失墜せしめると共に議会を侮辱する行為であること

(三)  議会於て委員の中にはブローカーか闇屋の指導者か時代遅れの教育者か精神分裂症か言々とのべ又は調査が不備であり、デタラメの発表であるかとなし之等一連の処置は軍部の独裁断圧暗黒時代に思をいたせば良民の困苦死斗時代の底流がひそんでいる様に其の書類をみる時に打たれる感があるとか或は法的価値なき市議会決議書であると難じ斯くの如き状態たる警告書を見て放置すれば、謀略市会であるか圧政の市会たるか等々の言句を連ねた抗議文について質問し且つ撤回の意思を確めたるに対し之を改めざるばかりか更に強調し議会を侮辱した言辞を弄したこと

の三点が地方自治法第百二十九条第百三十二条に抵触すると言うのである。

二、右除名処分は次の点で違法であり無効である。

(一)  当日の議会で議長は弁明撤回通告及び抗議文を理由なきものとして却下したこと議事録に明らかであるにも拘らず再び之れをむしかえし之れを理由に除名処分にしたが右は銚子市会議規則第十九条に違反し違法な手続である。

(二)  本件除名処分は全員着席のまゝ数名の賛成で決定してしまつた議事録を見ても起立又は記名無記名の投票によらなかつたことは明かである。右は銚子市会議規則第三十五条に違反した決議方法であり特に地方自治法第百三十五条第二項の特別決議の精神にもとるものである。

(三)  申請人に対する朗読命令は銚子市会議規則第二十二条に違反する違法な命令であり、之れを申請人が拒否したことは正当な行為である。

(四)  弁明撤回通告及び抗議文は昭和二十八年九月十七日に議長宛に提出したものであるが十月十四日の議会で之れを取上げ問題とすることは銚子市会議規則第六十条第二項に違反し違法な行為である。

三、右の如く手続的形式的に違法なばかりでなく、実質的内容に於ても違法であつて無効のものである前記除名理由を検討するに地方自治法第百二十九条は発言停止に関する規定であつて其の規定に該当する具体的事実は存在しない。又同法第百三十二条は「無礼の言葉禁止」の規定であるが除名理由にあげられた無礼の言葉としては要するに弁明撤回通告中の「謀略手段であり横暴な市議会である」との語句及び抗議文につき申請人に対し撤回意思を確めた際に申請人がなした「議会を侮辱した言辞」の二点に尽き議会を侮辱した言辞の具体的内容は明にされてない。

本件除名の理由は要するに「謀略手段であり横暴な市議会である」との語句及び何を指すか不明な「議会を侮辱する言辞」が地方自治法第百三十二条に所謂「無礼の言葉」に該当すると言うに尽きる。

申請人は右は無礼の言葉に該当しないと信ずるものであるが仮に該当するとしても「謀略手段であり横暴な市議会である」との語句は「其のような議案を申請人が退場中に決定し申請人が出席休憩中に弁明させこれを以てマイク問題に対して陳謝の言葉に替えるが如きが事実とするなれば」と仮定の下に断定した語句であり決して市議会に対し直接あびせた言葉でなく又「議会を侮辱する言辞」と言う如き抽象的語句はそれ自体無礼な言葉としての理由にならないかゝる片言隻句をとらえて最重最苛の除名処分に附するのは正に自由裁量の限界をはるかに逸脱した違法な処分と言わざるを得ないのである。

四、しかしながら右語句は抑々無礼の語に該当するものでない。この点を明らかにするには申請人が弁明撤回通告及び抗議文を提出するに至つた理由を明らかにすれば足る。

(一)  申請人は銚子市議会における唯一人の社会党左派に属する議員として常に厳正なる立場を堅持し一般市民の生活と利益を守るべく勇敢に苛酌なく市政を批判し来つたため一部利権に吸々たる人士より畏怖されていた傾があつた昭和二十八年六月八日定例市議会に於て申請人は緊急質問に立ち昭和二十八年三月の市衛生課の宣伝用拡声機購入に関する談合不当価格購入等につき追求するや保守派議員等は予め今日あるを予想し言葉巧に申請人が電機器具業として昭和二十六年三月納入した市消防署購入の照明自動車用拡声器の件につき二年有余を経た今日突如質問の矢を放ち如何にも申請人に不正があるかの如く印象づけて遂に右二件を合して特別調査委員会の調査に附託することとし右特別調査委員会の調査は爾後三ケ月に亘つて続けられたが其の構成メンバーは何れも保守派議員に属しこの機会に所謂うるさ型である申請人の発言を封し且つは市当局の不正を闇にほうむつてしまわうとしたため申請人の主張は何等容れられずその結論は全く真相を糊塗するものとなつてしまつた。

(二)  同年九月八日定例市議会に於て右特別委員の報告が行われたがその内容は市衛生課購入の拡声器の件については購入手続に多少の慎重を欠いた点があるが不正はなくかへつて申請人は巷説を信じ確たる証拠もなく不正行為あるかの如き言辞を弄し議会を煩したものであつて申請人の行動は自ら議員たる体面を汚辱し且つ議会の権威を失墜したものであると言うものであり市消防署購入の照明自動車用拡声器については申請人が落札するに至つた再入札執行はその理由乏しく妥当を欠き市会議員の地位を利用したような感を抱かせ遺憾である。昭和二十六年十一月の右拡声器用コイル修理については保証期間中であるにも拘らず申請人は修理代を収受し不可であると言うものであつた。

(三)  しかしながら最初の件については

(イ)  落札価格が市価に比し一割八分の高価であることは特別委員会も認めるところである。抑々一割八分の高価が売却価格として不当でないと言う考え方は全く今日の競争入札の実状を知らないものであり銚子市に於ても従来の競争入札は精々で六乃至七分の利益に過ぎなかつたそして之れが今日の商取引の実状でもあるのである。

(ロ)  このような高価な落札価格が決定したのは実は競争入札をしなかつたからである。特別委員会報告書理由中にも市衛生課は各別に見積書を提出させず落札者白土政蔵から三通の見積書を徴しており白土が勝手に他の入札者である森谷宮内両名から未記載の見積用紙に捺印を貰い、之れに自分で適当に金額を記入して白土が最低入札者であるように書類をつくりあげて提出したものであることを認めている。かゝる購入の仕方が競争入札でないことは明らかである市契約条例第三条に違反した違法な購入である。

(ハ)  しかも部品中「コンパーター」は中古品を使用しており

(ニ)  トランペツトスピーカーは三十ワツトとなつているに拘らず実際には二十五ワツトを使用していた等の不正が行われている之等の点を申請人は不正として糾弾したのであつて、そのこと自体正に議員として正当な行動をなしたものであり報告書の結論は全くあたらないのである。

(四)  又後の件については

(イ)  再入札に至つたのは最初の入札の際の見積価格が事前に他の業者に漏れたからである。即ち最初の入札には四人の業者が見積書を提出し申請人は最初に提出しておいたのである開封直前に「他の業者はロボツトに使われており、実は福井商会との間に既に話は出来ている」とのことを電話で知らせたものがあつたので申請人は直ちに市役所へ行き担当の東課長に詰問すると東課長は「係のものがおらず金庫の鍵がないから」等と述べ言を左右して申請人の封印した見積書を見せなかつた翌日行くと係の勝浦は居つたが勝浦は「課長が鍵を持つていつており金庫はあけられない」とのことで再び見積書を見ることが出来ず更にその翌日行くと既に開封を終り福井商店に落札したからとの返事であつたのである。しかも開封した後を見ると申請人のものは爪で切つて開封してあり他はハサミで切つていて事前に開封した疑惑が濃厚であり、しかも銚子市契約条例施行規則第十九条に違反して開封に際し関係業者に立会わせない違法な開封であつたので申請人を初めとする関係業者は陳情書を市長に提出しその結果再入札となつたものである。故に再入札につきさしたる理由なしとする特別委員の報告は誤つているものである。

(ロ)  次に修理費の件に付いては保障期間中製作不備による故障は申請人が無償で修理すべき義務は負つていたが註文者の方の取扱が悪いためにこわしたものまで申請人が無償修理する義務は負つていなかつた。

問題のヴオイスコイルの故障はコイル線の断線によるものであつたがその原因は一つのスピーカーに二つのスピーカーのための電流をかけたこと雨に濡れたまゝスピーカーをならしていたことの二点にあつたものであり当時消防署の職員も明らかにその事実を認めており且申請人も之等の点は事前によく注意を与えていた点でもあつたので消防署側の取扱の不注意による故障として修理費を徴収したものである。従つて其の件に付いては申請人に何等の不当なくただ昭和二十八年六月八日の申請人の緊急質問のほこさきをまげるため二年有余を経た後に突然持出したものである。

(五)  斯の如き事実を糊塗した不当な報告であつた為当日の市議会は申請人との間に激論が交され同月十二日の市議会に続行された当日申請人は一身上の問題であると言う理由で退席されていたが其の退席中に市議会議長の名で申請人に対し一方的な内容の警告書なるものが発せられた申請人は控室で待つていると川崎茂、渡辺寛一の両議員が来て事実を偽つて「申請人の主張が通つたから悪い様にはしない申請人も前回の議会で発言した荒つぽい言葉を柔げるため一言弁明したら良からう」等と巧言を弄し申請人に議場で弁明することを勧告した申請人は自分の主張が通つたことであつたので之れを承諾し議場で一言弁明したところ其の後に立つた市長の答弁中に「浅野議員も消防署用マイクのコイルを自分で破かいしたことを認めているから其の良心に待つ言々」との語があり申請人ははじめて自分の主張が通つていないことを知り直ちに市長の言に反ばくし且つ警言書に反ばくする為抗議文及び弁明撤回通告書を同月十七日市議長宛に提出したものである。

(六)  其の様な詐欺的手段で弁明させられ、申請人は真に正義のためたたかつたにも拘らず遂に警告書と言う形で一方的に申請人は悪いものときめられてしまつた議会のやり口に対して反ばくしたのであるから弁明撤回通告抗議文等が自から烈しい語句となつたのも当然である。正に事実に於て謀略手段であり横暴な市議会であつたのである。故に事実をありのままにのべたかかる言句は何等無礼の言葉ではない。

五、以上の如く本件除名処分が違法であることが明であつたので申請人は昭和二十八年十月二十九日千葉地方裁判所に対し銚子市議会を被告として本件除名処分取消の訴訟を提起し右訴訟は現に係属中である。

六、申請人は右の如き違法な除名処分により次の様な償うことの出来ない損害を現に蒙つており速に除名処分の執行を停止して貰うべき緊急の必要がある。即ち

(一)  申請人の任期は昭和三十年三月三十一日までであつて残るところは少ない。しかも申請人は銚子市議会における唯一人の社会党左派の党員であり、申請人以外に市議会で社会党左派を支持する選挙民の要望を実現する人間は居らない実状である。

(二)  銚子市市役所関係に於ては従来から不正腐敗の疑惑が多く其の為昭和二十八年四月十五日選挙民より直接請求による事業監査の請求がなされるに至つた申請人は其の請求の唯一人の代表者として多くの選挙民より其の活動を期待されていた昭和二十九年一月十八日に至り監査委員による監査の結果の公表がなされたが其の内容には疑問の点明朗を欠くも甚だしいと思われる点等多々あり、ことに重点である特定市費事業及び補助金等については其の発言は全く形式的でおざなりになつているので申請人は昭和二十九年二月九日監査委員及び市長宛に質問書を提出したが何等誠意ある解答に接しないまま現在に至つている。しかも議会においては監査結果公表書に何等触れる議員もなく申請人は多くの選挙民の要望にも拘らず議会に於て質問することのできないまま現在に至つている。

(三)  申請人は市議会の水道委員であつて銚子市は元来上水道の不便なところで昭和二十七年三月以来拡張大工事がなされ申請人は市議会議員中唯一人の電気技術者として右工事に伴う電気関係工事の東京電力株式会社に対する交渉等に奔走していたもので現在申請人以外其の適任者なく銚子市民の為申請人の市議会への復帰は緊急要事であり夏期断水防止其の他なすべき仕事は山積しているのである。

(四)  申請人は市議会の衛生委員であり夏季の伝染病の防止及び衛生問題其の他についてなすべき仕事が山積しているのである。

以上の如く任期もあとわずかであるのになすべき仕事は多く申請人の議会活動の停止は真に償うべからざる損害を招来すること明らかであるので速に除名処分の執行を停止して貰うため本申請をなした次第である。

申請人は疎明として疎甲第一乃至第十七号証を提出した。

よつて按ずるに本件除名処分取消請求の本訴が当庁に提起されていることは当裁判所に顕著なところであつて申請人提出の疎明資料によれば被申請人議会が申請人に対し申請人主張の日其の主張の理由によつて主張のような処分をなしたことを認められると共に申請人の任期が昭和三十年四月二十三日までであること、申請人が銚子市議会議員中唯一の社会党左派の議員であること、申請人が銚子市議会の水道委員並びに衛生委員であること、申請人が其の主張の日其の主張の事業監査の請求を為し其の主張の日監査委員の結果公表があり申請人が其の主張の日監査委員に対し質問書を発し監査委員から其の回答のあつたことが認められるが、之等の事実は直ちに右除名処分の執行により「償うことのできない損害を避けるため」当該処分の執行を停止すべき「緊急の必要がある」場合に当るものとは言えない申請人は右除名処分が違法であると縷々述べているが之等の事実は右処分の取消を認むべきか否かに関する問題であつて本訴に於て審理さるべきであつて之れを以て直ちに右処分の執行を停止すべき事情に当るものとは認められない。又本件に於ては他に執行を停止すべき事由に付いて主張も疎明もなされていないから本件執行停止を求める申請人の申請は其の理由がない。

よつて申請人の本件申請は却下すべきものとし申請費用の負担に付いて民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り決定する

(裁判官 石井麻佐雄 前田了吉 福田健次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例